事業承継には大きく分けて次の2つの側面があります。
経営そのものの承継
株式・事業用資産の承継
税金などが問題となる事業承継は株式や事業用資産の承継ですが、経営そのものの承継も決して軽視できる問題ではありません。
後継者は、経営者として必要な業務知識や経験、人脈、リーダーシップなどのノウハウを習得することが求められます。また、現在の経営者の経営に対する想いや価値観、信条などといった経営理念を伝えていくことも重要です。そのためには、後継者教育が必要となります。
後継者が安定的に経営をしていくためには、後継者に株式や事業用資産を集中させる必要があります。経営者に複数の子供がいて(=後継者に兄弟がいる)、そのうちの1人を後継者とする場合には、後継者以外の子供の遺留分(※)を侵害することのないように、株式や事業用資産以外の財産を後継者でない子供に取得させるなど、相続に伴う紛争を防止するための配慮が必要となります。
(※)遺留分・・・配偶者や子などに民法上保証される最低限の財産承継の権利のことをいいます。後継者が後継者でない相続人から遺留分減殺請求(侵害された自分の遺留分を取り戻すための請求)を受けた場合には、財産の返還や金銭による弁償が必要となります。
また、中小企業においては、経営者が会社の株式の大半を所有していたり、土地などの個人資産を会社や自らの事業の用に供している場合が少なくありません。上記のとおり、後継者が安定的に経営していくためには、後継者にこれらの株式や事業用資産を集中的に承継させることが必要ですが、後継者でない子供の遺留分に配慮すると、どうしても株式や事業用資産を後継者に集中できない場合もあります。この場合には、相続に伴い分散した株式や事業用資産を後継者が買い取らなければならなくなります。また、買い取る必要がない場合であっても、相続税を支払わなければならないなど、事業承継に際しては多額の資金が必要となることもありますので、そうした資金をどうやって確保するかも重要なポイントとなります。
ページ先頭へ ▲事業承継対策をとらないと、次のような問題が起こります。
【ケース1】
先代の経営者(現在の会長)が株式の過半数を所有しており、後継者である社長への実質的な権限委譲が進んでいないケース。
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会長が経営の意思決定を行っている場合には、社長職を譲ったとしても実質的な事業承継がなされていません。一定の引き継ぎ期間を設けて社長職を譲ったあとは、先代の経営者は経営を後継者にまかせるべきです。
なお、このケースでは以下の【ケース3】の問題にもつながる可能性があります。
【ケース2】
後継者を決めないまま経営者の体調が悪化し、経営者不在の状況になるケース。
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高齢の経営者が体調を崩して会社へ出てこられなくなったり、あるいは判断能力が低下することによって事業そのものの存続が危ぶまれる場合があります。経営者が健康なうちからなるべく早く後継者を決めて、事業承継の準備をしておくべきです。適当な後継者がいない場合にはM&Aなども検討し、従業員の雇用を守るべきです。
【ケース3】
遺言書を作成しないまま経営者が亡くなり、後継者を含めた相続人に会社の株式と事業用資産が分散してしまうケース。
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経営者が亡くなると相続人の間で遺産をどのように分けるかという話し合いが行われることになりますが、遺言書がない場合などは法定割合で遺産を分けることになる可能性もあり、後継者に会社の株式と事業用資産を集中させられない場合があります。遺言書を作っておくことによってこれらの分散を最小限にするとともに、事業承継対策をとることで後継者へこれらの資産を集中させるようにすべきです。
【ケース4】何ら事業承継対策をとらないまま経営者が亡くなることで相続が発生し、多額の相続税が発生してしまうケース。
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経営者が存命のうちから贈与を活用したり、あるいは株価をコントロールすることによって、ある程度の節税は可能です。平成20年10月からはいわゆる経営承継円滑化法という法律もできましたので、早めの対策をとっておく必要があります。
ページ先頭へ ▲【後継者があまり株式を持っていない】
会社の株主名簿を見て、後継者の方があまり株式を持っていない場合は要注意です。会社で最も強力な権限を持っているのは株主で、後継者をはじめとする役員の選任と解任の権限を持ち、会社の重要な意思決定を行うことができます。したがって、後継者以外に大株主がいると、会社の意思決定が混乱する可能性があります。
一般に、中小企業では後継者(経営者)が株式の大半を所有すべきです。
【代表者でない方、あるいは過去に代表者でなかった方が株式を多く持っている】
後継者(=代表者)が株式の大半を持っていない場合の大きな問題点は上記のとおりですが、現在の経営者でない方はもちろん、過去にも経営者でなかった方が株式の大半を所有している場合には、後述する経営承継円滑化法が使えないという問題も起きますので要注意です。
実務的には、亡くなった経営者の妻(後継者の母)が相続税対策として大株主になっているケースが見受けられます。
【株主が多い】
中小企業では親族による経営が行われており、株主の数もごく少数であるのが一般的です。しかし、中には第三者を含めて多数の株主がいる中小企業もあり、経営権が分散してしまうというリスクを抱えたところがあります。現在の株主が存命のうちは問題が起きなくても、それぞれの株主が亡くなり、それぞれの親族が相続によってあらたな株主となった場合には、これまでと同様、「物言わぬ株主」でいてくれるかどうかはわかりません。
なお、株主の数が多い会社の場合、それが単なる「名義人」となっている場合もありますので要注意です。
【利益剰余金が多い】
上図のように利益剰余金が多い会社は、過去、利益を計上しつづけてきた会社であり、一般的には財務内容が良いと言われる会社です。したがって、経営上は何ら問題ありませんし、後継者へバトンタッチする会社としては申し分ありません。
しかし、財務内容が良い会社は株式の評価額が高くなっているために、後継者が株式を買い取ろうとしても多額の資金が必要になり、贈与をする場合にも贈与税が問題となるため、株式をうごかすのが容易ではありません。
【多額の役員借入金がある】
貸借対照表の負債の部に役員からの借入金が計上されている会社も要注意です。役員からの借入金は、役員の側から見ると会社への貸付金ですから、役員個人の財産となります。経営者からの借入金がある会社は実務上多く見られますが、経営者が亡くなった場合にそれが相続税の課税対象になることは見過ごされがちです。多額の役員借入金がある会社は、相続が発生する前に何らかの対策をとる必要があります。
【土地が多い】
最近購入した土地であれば問題ありませんが、社歴のある会社が昔購入したもので、購入時の価格に比べて現在の時価が高くなっているような場合も要注意です。会社の株価を評価するにあたって、会社が持つ資産は基本的に時価で評価されますから、土地に多額の含み益を抱えている場合には、前述した利益剰余金が多くなる可能性があります。
後継者へ引き継ぐべき資産は会社の株式だけではありません。株式は後継者へ引き継ぎできたものの、会社の社屋、あるいはそれが建っている土地など、会社が事業用に使用している資産が後継者以外の人にわたってしまった場合、賃料をめぐるトラブルなどが起きないとはいえず、経営の足かせになる可能性があります。
株式と同様、後継者(経営者)は事業用資産も所有すべきです。
ここでは、後継者に株式(議決権)と事業用資産をいかに集中させるか、あるいは納税資金をいかに準備するかについて考えてみます。
贈与には、暦年課税制度と相続時精算課税制度の2つがあります。両制度の違いをまとめると以下のようになります。
区分 | 暦年課税制度 | 相続時精算課税制度 |
---|---|---|
概要 | 1月1日から12月31日までの1年間に贈与された価額の合計に対して贈与税を課税 | 親から子への贈与について、将来の相続発生時に相続税で精算する |
贈与者 | 制限なし | 65歳以上の親 (父・母ごとに選択可) |
受贈者 | 20歳以上の子 (兄弟姉妹ごとに選択可) |
|
選択の届出 | 不要 | 必要 (一度選択すると相続時まで適用) |
非課税枠 | 年間110万円(基礎控除) | 相続時までの合計2,500万円 |
税率 | 110万円を超えた部分に10%~50% | 2,500万円を超えた部分に20% |
手続き | 翌年3月15日までに申告書の提出と納税 | 選択した年の翌年3月15日までに本制度を選択する旨の届出書を提出 |
精算 | 相続税とは別枠 (ただし、相続開始前3年以内の贈与は相続財産に加算して相続税の計算に算入) |
相続税の計算時に精算 (贈与財産は贈与時の時価で評価) |
基礎控除を差し引いた 後の課税価格 |
税率 | 控除額 (万円) |
---|---|---|
200万円以下 | 10% | ― |
300万円以下 | 15% | 10 |
400万円以下 | 20% | 25 |
600万円以下 | 30% | 65 |
1,000万円以下 | 40% | 125 |
1,000万円超 | 50% | 225 |
法定相続分に 応ずる取得金額 |
税率 | 控除額 (万円) |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | ― |
3,000万円以下 | 15% | 50 |
5,000万円以下 | 20% | 200 |
1億円以下 | 30% | 700 |
3億円以下 | 40% | 1,700 |
3億円超 | 50% | 4,700 |
遺言を作成することで、後継者に株式や事業用資産を集中させやすくなります。遺言には主に、「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。それぞれの特徴と遺言の作成例は下記のとおりです。
なお、遺言はいつでも撤回できるため、生前贈与に比べて後継者の権利が確実でないことと、遺留分による制約を受ける点には注意が必要です。
自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | |
---|---|---|
作成方法 | 遺言者が、日付、氏名、財産の分割内容等全文を自書し、押印して作成。 | 遺言者が、原則として、証人2人以上とともに公証人役場に出かけ、公証人に遺言内容を口述し、公証人が筆記して作成。 |
メリット | ・手軽に作成できる。 ・費用がかからない。 |
・遺言の形式不備等により無効になるおそれがない。 ・原本は、公証人役場にて保管されるため、紛失・隠匿・偽造のおそれがない。 ・家庭裁判所による検認手続きが不要である。 |
デメリット | ・文意不明、形式不備等により無効となるおそれがある。 ・遺言の紛失・隠匿・偽造のおそれがある。 ・家庭裁判所の検認手続きが必要である。 |
・作成までに手間がかかる。 ・費用(注)がかかる。 (注)費用の目安として、1億円の遺産を3人の相続人に均等に与える場合は、約10万円の手数料が必要となる。 |
出典:中小企業庁「事業承継ガイドライン20問20答」
会社に資金的な余裕がある場合には、会社自らが後継者以外の所有する株式を買い取ることで、結果的に、後継者の持株比率を高めることができます。会社が自ら買い入れた自己株式については議決権がないからです。
なお、利益剰余金が多い会社では、会社が自己株式を買い取るために株主へ支払った金銭の一部が「配当金の支払い」と扱われることに注意すべきです。配当金ですからそこには源泉所得税がかかりますが、実務上、これを納付し忘れているケースが見受けられます。
株式会社では、普通株式のほかに種類株式といわれる普通株式とは権利内容の異なる株式を発行することができます。
事業承継対策に利用できる種類株式としては、議決権制限株式や拒否権付株式などがあります。
①議決権制限株式
株主総会での議決権の全部または一部が制限されている株式のことです。後継者には議決権のある株式を取得させ、それ以外の相続人などには議決権のない株式を取得させることで、後継者に議決権を集中させることができます。
②拒否権付株式(黄金株)
株主総会における一定の決議事項については、必ず、拒否権付株式の株主総会決議が必要という株式のことです。会社の株式の大部分を後継者に譲るけれども不安が残る、というような場合に、経営者が拒否権付株式を保有し、後継者の経営に助言を与えられる余地を残しておくこともできます。
生命保険には、たとえば次のような活用方法があります。
(※)遺産分割協議…誰がどの財産をもらうのか、について相続人間で決める話し合いのこと。
平成20年10月から施行されている「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(いわゆる経営承継円滑化法)によって、たとえば次のようなことができるようになりました。
(例)ふたば商事の会長は3,000万円相当の不動産と3,000万円相当のふたば商事株式を持っていました。子供は長男、次男、三男の3名です。会長はとりあえず後継者である長男にふたば商事の株式をすべて生前贈与して、長男に会社を承継させました。
その後、長男のがんばりでふたば商事株式の価値は贈与時の4倍の1億2,000万円になりました。これによって会長の財産は合計6,000万円だったものが合計1億5,000万円に増えたことになります。
しかし、この結果、次男と三男の遺留分合計がそれまでの2,000万円(※1)から5,000万円(※2)に増えてしまったため、この時点で相続が発生してしまうと、次男と三男には不動産3,000万円の他に、さらに2,000万円の資産を渡さなければならなくなります。すなわち、長男が会社経営でがんばればがんばるほど、次男と三男の取り分も増えてしまうわけです。
①そこで、経営承継円滑化法を使うと、長男が贈与された株式を遺留分から除外するか、贈与した株式の価値を贈与時点で固定することができるようになりました。
②また、上記では会長から長男へ株式を贈与したことにしていますが、贈与ではなく買い取ることにした場合の3,000万円という買取資金について、経営承継円滑化法を使うことで、政府系金融機関から低利での融資が受けられたり、通常の保証とは別枠で信用保証協会の保証を使うことができます。
③さらに、会長から長男へ株式を贈与する場合でも、通常の暦年課税制度を使うと非課税枠の110万円(年間)を超えた部分に贈与税がかかり、相続税精算課税制度によっても2,500万円(相続までの累計)を超えた部分に贈与税がかかってしまうところ、経営承継円滑化法を使うと、贈与税の全額について納税が猶予されます(ただし、対象となる株式は議決権総数の3分の2まで)。
この納税猶予制度は、株式を相続することによって発生する相続税についても適用されますが、この場合の猶予税額は相続税の80%です(ただし、対象となる株式は議決権総数の3分の2まで)。
(※1)(3,000万円+3,000万円)×1/2(遺留分)÷3名×2名(次男・三男)
(※2)(3,000万円+1億2,000万円)×1/2(遺留分)÷3名×2名(次男・三男)
経営承継円滑化法を使うための主な要件は次のとおりです。
事業承継によって会社の株式をうごかすときには、株価が低いほどやりやすくなります。購入する場合には買い取り資金が少なくて済みますし、相続や贈与の場合には相続税や贈与税が安くなるからです。
株価を引き下げる方法としては次のようなものがあります。
株価引き下げの対策をとると、基本的には会社の財務内容が悪化します。したがって、むやみにこうした対策をとるのではなく、後継者へ株式をうつす時期を決めて、計画的に行う必要があります。
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